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番外編③ シアワセノカタチ-09

last update Last Updated: 2025-03-21 05:05:20

カシャッ

「じー」

小気味良いカメラのシャッター音と、海斗のおちゃらけた声が同時に聞こえて、紗良と杏介はハッと我に返る。

「あー、いいですねぇ、その寄り添い方! あっ、旦那様、今度は奥様の腰に手を添えてくださーい」

「あっ、はいっ」

カシャッ

「次は手を絡ませて~、あっ、海斗くんはちょっと待ってね。次一緒に撮ろうね~」

カシャッ

カメラマンの指示されるがまま、いろいろな角度や態勢でどんどんと写真が撮られていく。もはや自分がどんな顔をしているのかわからなくなってくる。

「ねえねえ、チューしないの?」

突然海斗がとんでもないことを口走るので、紗良は焦る。

いくら撮影だからといっても、そういうことは恥ずかしい。

「海斗、バカなこと言ってないで――」

と反論するも、カメラマンは大げさにポンと手を叩いた。

「海斗くんそれいいアイデアです!」

「でしょー」

カメラマンと海斗が盛り上がる中、紗良はますます焦る。海斗の失言を恨めしく思った瞬間。

「海斗くん真ん中でパパママにチューしてもらいましょう」

その言葉にほっと胸をなで下ろした。

なんだ、それなら……と思いつつ、不埒な考えをしてしまった自分が恥ずかしくてたまらない。

「うーん、残念」

杏介が呟いた声は聞かなかったことにした。
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